【与えよ、さらば与えられん】ヒッチハイクで分かった優しさの循環

僕は9月30日に福岡の家を解約し、仕事をやめ、10月1日からヒッチハイクで東京へ向かいました。

 

このヒッチハイクの中では、本当に多くの人からの優しさを受け、東京までたどり着くことができました。

 

与えよ、さらば与えられん

この記事を書くに当たりいろいろと調べていると、こんな言葉があるそうです。

 

【与えよ、さらば与えられん】

 

この言葉は新約聖書?にかかれている言葉らしい。

 

意味としては、

 

「与えられたければ、まず自分から与えなさい。そうすればまわりまわっていずれ自分に返ってくる」

 

という意味のようです。

 

今回の記事は僕が、10月1日からヒッチハイクで福岡→東京に行く際に、様々な方にお世話になり、その時に感じたことが「与えよ、さらば与えられん」という言葉の意味に似ていました。

 

そのことについて綴りました。

けんぼー
ちょっと哲学的な内容になりますが、良ければご覧あれ(´・ω・`)

 

そもそも何故、ヒッチハイクをやったのか

 

僕が、ヒッチハイクをやった理由。

 

もともと僕は東京へ上京したいという夢がありました

 

上京する前の1ヶ月間くらいは、様々な人にそのことを言っていました。

 

その中で話に挙がったのが、東京行くなら飛行機じゃなくてヒッチハイクで行けば?

 

ということでした。

 

けんぼー
ヒッチハイクなんて勿論やったことないですから、かなりビビってました。でも、それと同時にワクワクもしていました。

 

そこで、じゃあせっかくならということで、ヒッチハイクをすることに。

 

ヒッチハイクの時の日々の生活の記録はこちらを御覧ください。

 

>>ヒッチハイク記事一覧

 

 

ヒッチハイクで様々な人の優しさに触れた

そして、ヒッチハイクでは様々な人の優しさに触れることができました。

 

  • 死にそうな顔をしてた僕を見てわざわざ引き返してくれたご家族
  • 倉庫代わりに使ってる部屋を無償で貸してくれた古物商の方
  • 富士宮市でゲストハウスを営んでいる方に500円で泊まらせて貰ったり
  • 誕生日旅行でわざわざ乗せてくれたご夫婦
  • ヒッチハイク中に別のヒッチハイカーから乗せて貰ったり
  • 鳥取で一泊させてもらい、大阪まで送ってくれた方
  • 大阪で2泊させてもらい、様々なお店を案内していただいた方

 

これらの思い出は全て僕の宝物になっています。

 

毎日何人もの人に、本当に、お世話になりっぱなしの生活をしていました。

 

まさに、恩をもらいっぱなしの生活をしていました。

 

どこかでこの恩を返したい衝動に駆られる

 

毎日何人もの人に恩を貰うっていう生活をしなければ、これはなかなか分からない感覚だと思います。

 

毎日たくさんの人からの恩を受けると、不思議と、

 

この恩をどこかで返したい。返さなければ。

 

半分使命感のような、不思議な感覚になるんです。

 

この感覚は本当に初めてでした。

 

「恩をどこかに返さなければ。。。」

 

本当にそんな感覚です。

 

 

街中で困ってそうな人に声をかけるように

どうにか恩を発散したい。

 

そういう衝動に駆られ、初めて恩を返したのが、たまたま道端にお坊さん?が立っていました。

 

正式には托鉢行(たくはつぎょう)というそうです。

 

これまでの人生で、そんなことをしたことがありませんでしたが、この方に小銭を差し上げました。

 

その時に、なぜか、泣きそうになった。

 

何故泣きそうになったかというと、これまでに受けた恩を、この小銭という形で少しでも返した時に、

 

本当の意味で恩を受けたような感覚になったからです。

 

その後は、

 

街中で困ってそうな人を見ると声をかけ助ける。

募金活動をしていればお金を投げる

 

そんなことを心がけてやりました。

 

良いことは循環する

この時のあの感覚を感じたときに思ったのが、

 

良いことは循環するものなんだ

 

ということを実感することができました。

 

よく言われるのが、「負の連鎖」ということがあります。

 

これは、悪口や妬み、そねみ、誰かを引きずり落とす。これらを誰かにすると、それに影響を受けて更に負が重なる。そして、連鎖して拡大していくというようなものです。

 

「負の連鎖」という言葉はよく聞きますが、今回感じたことは、完全にその逆です。

 

つまり、負の連鎖が有るように、その反対の

良いことの連鎖

も有るということです。

 

この良い連鎖が有るということの事実を実感したことだけでも本当にヒッチハイクの意味が有ったなーと思います。

 

偽善者について

これはあくまでの僕自身の考えですが。。。

 

よく偽善者と言う人が居ます。

 

見返りを求めないことが大切

 

なんていいます。

 

ですが、僕が思ったことは、

 

偽善でも良い

 

ということです。

 

見返りの為に良いことをする。

 

それでも良いと思っています。

 

良いことをする自分自身がなにか見返りを求めていたとしても、

 

本当に重要なことはそこではなく、

 

  • 相手が恩を受けた
  • 良いことをしてもらった

 

と思えたかどうかが重要です。

 

 

たとえ偽善だとしても、

 

「相手が喜んで、恩を受けたと感じることができるのであれば、それが連鎖のキッカケになり得るのだったらそれで良いんじゃね?」

 

ということです。

 

ということで、今回は、ここまで。

 

冒頭で紹介した

 

けんぼー
【与えよ、さらば与えられん】という言葉の意味を実際に体験したようなそんな気がします。

 

ということで、哲学的で難しかったかもしれませんが、ちょっと個人的に思ったことを綴らせてもらいました。

 

※ちなみに僕は何の宗教信者ではありませんw

 

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